仁義守漢

t-koishi2005-10-08

紀元前4世紀頃、楚の国に鳳劉と言う、非常に仁義に熱い一人の男がいた。当時の中国は戦乱の世であり、親兄弟であっても略奪・殺人は当たり前であったが、そのような世相にあっても、彼は人として守る道徳を決して外さず、中央の役人による搾取から弱き村人を率先して守っていた。しかし、ある日、そんな鳳劉を快く思わない当時の皇帝は、三千の軍を率い彼の村に出向いた。「これまでの無礼、もはや許すことは出来ぬ。今この場で切腹をせい。さもなくば、三千の兵が貴様の村を焼き尽くす。」いかに鳳劉が武芸に秀でていてたとは言え、村人を守りながら三千の軍勢が相手では成す術もなく、結局彼はその場で切腹し村人を救った。悲しんだ村人は、彼を丁寧に葬り、供え物として、当時は家屋以上の価値であった自らの羊を裁き、彼の鉄兜の上で焼いた。以来、中国では偉人が逝去すると、故人の愛用する鉄兜の上で羊を焼くことが風習となったが、18世紀になると此れが中国の羊料理の一種として発展したのである。現在、羊肉を鉄兜状の鉄板で焼く料理を「ジンギスカン」と呼ぶが、此れは中国の故人を送る行事「仁義守漢」が訛ったものとされている。(民明書房館 「中国の偉人と現代料理」)